富山日伯交流友の会

富山県高岡市を中心に活動している「富山日伯交流友の会」です。日本とブラジルの交流とボランティア活動をしています。

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 第2回 東日本大震災支援サポート活動報告

 4月16日(土)から18日(月)までの第1回東日本大震災支援サポート活動に続き、4月23日(土)から25日(月)まで
第2回に参加した内容を報告します。仕事量が多いので細かい時間は記録できなかったのでおおよその時間です。
また私感も多少入るかもしれないのでお許し下さい。                               

 4月23日(土)

 今回もNGOアジアの子供の夢の皆さんに同行してお手伝いするスタイルで参加。
先に支援物資の回収や積み込み作業を行っている木口会長や日系ブラジル人高原さん他1名と岩瀬の出発地にて
合流。今回は日伯交流友の会関係の参加者は木口会長、日系ブラジル人高原さん他1名、しきのソルナセンテの
棚橋ビニシウス君と私の5人の参加。もちろん私が最長老である。
棚橋君は大学1年生でどうしても参加したいと手を挙げたボランティアマインド旺盛でハートフルで元気な若者。
結構大粒な雨の中で高原さんのトラックに支援物資を積み込む手伝いをして午後8時頃出発準備完了。
トラックには洋服、食器、いろいろな食料、おもちゃ、薬、洗濯機や冷蔵庫などの電化製品、自転車、
トイレットペーパーや洗剤、ラップなどの生活用品、そしてやきそば1,000食分の材料などトラックから
はみ出して落ちそうな位パンパンに積み込み、最後にその上に自転車を積んでいる。
午後8時過ぎに出発したが、トラックに乗っている3人を除いて中型バスには32名乗車で、ここもまたパンパンな状態。
補助席も利用しての極悪環境。
私は最後まで会長らと積み込み作業をしていたのでバスに乗ったのは最後グループだったのでなんと補助席しか
空いていないので泣く泣くそこに鎮座。
会長、高原さん他1名の3人はトラックに乗車だが、これも定員状態で夜行運行においては劣悪だった。
途中バスの中で自己紹介があったが、私を含めて初めての参加が半数を占めていた。
途中5~6回のトイレ休憩、夕食、時間調整の停車をしてひたすら高速を走った。
会津磐梯のSAは標高も高いせいもあり大変寒かった。被災地は晴れの天気予報だが、あたってくれる事を祈った。





4月24日(日)


                    南三陸町への道路から (3)1


 午前6時頃に高速をおり、川渕さんのすすめで炊き出し前に、町が壊滅状態になったメディアでも有名な
南三陸町を視察に行く。
一般道を進めていくと町に入る手前の高台を降りたあたりから景色が変わってきた。
道に沿って小さな川が流れているが、瓦礫が見られるようになったと思ったらどんどんその量は激増。
道に沿って全く建物はなく、土台と瓦礫しか見えない。いよいよ海に面したところについて言葉を失う。
架設の橋の手前でバスを降りて町の方向へ橋を渡って皆で歩いた。


                    南三陸町 (19)2



前方の視界のなかで鉄筋の建物だけが居抜きになって悲しく屍のように立っていたり、横たわっている。
他には瓦礫だけしか見えない。こんな光景は焼夷弾爆撃で焼け野原になった富山大空襲の写真を思い出す。
おもわず手をあわせて鎮魂を祈った。川への逆流を防ぐ水門は予想できない力で破壊されている。
4階建てのその建物の最上階の窓にいろいろな雑物がからみついていた。津波がその高さまで襲ったのがやっと
理解できた。

                    南三陸町 (14)3




その向こうの高台に小学校が見え、難を逃れた住民はそこや他の福祉施設で避難生活をしているとの事である。
無残な車、建物の瓦礫、原型を留めない鉄骨、畳、教科書・・・色々なものが悲しく散乱し埋もれている。
バスに戻って石巻市へ向う。天気は晴れてきた。嬉しい。



今回は富山出発が遅れた関係で石巻市での炊き出し、支援物資配布の開始時間が遅れた。
最初の会場にはもう住民が来ていた。


                   石巻市 しまむら (1)4


しかしなんて臭いのだろう。バスを降りた瞬間に顔をしかめた。
近くに水産加工工場があったため魚が流されいたるところで死んでいてその腐敗の臭いだ。
町を根こそぎ津波にもっていかれた南三陸町と違って、ここ石巻は18万人の都市なので色々な大きな建築物が
原型を残しているので少し気持ちは明るいし被害も軽く感じる。
しかし良く見るとすぐ後ろはやはり津波で流された瓦礫や車が沢山ある。町が大きいから被害が見えにくいだけで、
やはり津波の被害は良く見ると甚大だ。
ここの場所は町中で大きな交差点の角なので車の往来もあり、南三陸町と違って賑わいはある。
交差点には最近やっと電気が復旧したので信号が作動していた。

                   石巻市 しまむら (4)5

                   石巻市 しまむら (6)

                   7





トラックからダンボールを降ろすチーム、支援物資を並べる場所をブルーシートを敷いて作るチーム、
炊き出しのやきそばを作るチームなど分かれて手際よく作業して、配布と炊き出しを開始した。
午前7時半頃である。この場所はもう6回目なので住民の人達も時間になると次々にやってくるし、
ここは大きな道に面していて目立つので、通った車が止まって受けっとたり、電話して連絡したりするようで
休む間もなく動いた。
トイレットペーパーや、ティッシュ、果物、野菜、お菓子などをパックした袋をこられた人にひとり1個づつ手渡しするが、
何回も貰う人、貰ったからよいと言う人、中身を取り替えてくれと言う人など色々いるが、代表の川渕さんは別に強くたしなめない。こんな時に一々細かい事を言っていたのではいさかいが耐えないだろうと納得する。
しかし被災者の人達は以外に明るいように見える。でも本当はどうなのだろう。そして感謝の言葉は常に言われる。
支援物資は食べものでは果物やなま野菜、漬物、男性にはつまみ等人気がある。
子供用おむつ、薬(頭痛薬、下痢止め、アンメルツ、冷えピタシート、傷バン)、パソコン、ドリンク、マヨネーズ、
ドレッシング、食器洗剤なども結構欲しがっている。
また、やきそばの炊き出しも喜ばれた。

前述の棚橋くんは龍谷高校調理学科出身なので炊き出し担当で、腕を振るってくれた。
 
                   8


 午後1時半頃、人が少なくなったので次の場所へ移動開始。ダンボールは随分少なくなっていたので積み下ろしは
楽だった。
この頃気付いてみると臭いはすっかり気にならなくなっていた。人間いざとなると強いものだと感じた。



次の炊き出し、配布場所は先ほどの所より10分位走った新しい住宅密集地で、道が狭く住宅も隣接して
建っている。
道路にはまとめられた瓦礫や不用品、破損品が山のように家の前に積んであり、良く見ると殆どの家で
1階部分が被害を受けていて、2階で暮らしているようだ。

                   石巻市 ミヤケン (3)9


被害が甚大でない、あるいは道が狭く車が入りにくいなどの理由か支援が届いていないような様子だ。
川渕さんはこのような自衛隊や、公的な支援が届いていない所へ支援に入るそうだ。
住宅地のはずれにある建設会社敷地を提供いただているようで、早速炊き出しと物資並べを始めた。
やはり住民の人達は来る事を知っているので少しづつ集まってきた。
今度は食料品はきゅうりやなす等の野菜や干しいたけ、ポテトチップス、ドリンク、果物、お菓子などを
配布した。
驚いたのはさっきの炊き出し場所に来た人がここにも来ている。違った内容の配布がある事を知っているとの事を
川渕さんは話してくれた。
色々な人と話した。娘や息子夫婦が被災して家を流され今は7人家族で生活している・・、
いついつまで我慢しろという目安があれば頑張れるが、こんな生活がいつまで続くかが不安だ・・・、
友達の家に寄せてもらっているがいつまでも入れない、これから本当の悲しみが湧いてくるようで怖いなどなど。

4時半頃から片付けはじめ、残ったやきそばは近くのコンビニに来た人に配布した。また支援物資は市内にある
専修大学の中にあるNGOピースボートの倉庫に引き取ってもらうためにトラックに載せた。
ピースボートには色々な物資があり、自転車や台八車も沢山ここにある。


                   DSCF9295.jpg

                   DSCF9296.jpg


ここから無料で避難地やほしい人に提供が出来るようだ。全国から物資が集まるそうですごい組織だ。
わざわざ富山から自転車を持ってこなくてもここから配付すればいいと思った。
しかし色々な物資が集まりすぎて収集がつかない状況らしく、洋服や食器などは引き取りを断られた。
しかし流石に川渕さんは経験が豊富だ。近くの運動公園を基地に支援を展開している自衛隊が駐屯していて、
そこで物資を引き取ってくれた事があるそうで、行ってみたらOKだったので全部お願いした。
しかし自衛隊は頼もしい。重い支援物資を軽々運ぶ。深々とお礼を言ってバス組と合流して帰路につく。
午後5時半頃だったと思う。
身体はクタクタだがまだ気は張っているようで、疲れはまだ感じない。バスに乗って揺られたら爆睡だろう。


                  石巻市 自衛隊基地



4月25日(月)

午前2時過ぎに岩瀬到着。任務終了・・・・お疲れ様。



追記:
主催者の「NGO法人アジアの子供の夢」代表川渕さんは、若い人はこの様な活動にどんどん参加して
実際の現場を見て、支援の仕方なども体験して、地元でのいざという災害時に役に立つよう
進んで参加してほしいと言っていた。








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